文化心理学コロキウム

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白百合女子大学で開催された文化心理学コロキウムにまたまた参加させていただいた。40人位の参加者がいたと思う。


話題提供は東京都市大学の上野直樹先生。近年のオタクやギークの生態系のあり方と、web上のソーシャルメディアのアーキテクチャの相互依存的な状況についてのレクチャーであった。以下、話題提供中のメモ。



「社会的アーキテクチャ」という概念の紹介から入る。(濱野さんを引用しながら、)それは人々どうしの関係のあり方、相互行為のあり方、人々の出会い方、相互のアクセスのあり方を方向付ける構造物と定義。


web上のソーシャルメディアではなく、まさに設計的なアーキテクチャで言えば、たとえばマクドナルドでは、椅子の座りごこちを悪くしたり、冷房を強めにすることで「客が長居すること」をしにくくする。人工物の設計によって人間の行動をコントロールする例である。


また宮台さんの例で言えば、駅前(という構造物)の再開発をすると、空間の匿名性が上昇して援助交際が増える。行動を管理される側は気付いていないものの、アーキテクチャが社会的影響を生じさせる例。



話題提供の本題はweb上のソーシャルメディアのアーキテクチャ。代表例であるブログやtwitterやSNSなどのようなシステムは、人々の「ある特定の相互行為」のあり方を(不)可能にするような場を作り出すアーキテクチャであるとする。


そして、今日では分散的、局所的、同時多発的な人々のつながりがそこかしこで生じているわけであるが、こういったつながりの形成を可能にするのも、社会的アーキテクチャとしてのwebがあってこそ。



上野先生は、2ちゃんねらーだとか、オタクやギーク、web2.0技術者といった人々の語りを見ていくことで、現代的なwebの特徴として、「共存性」を指摘する。


例えばある2ちゃんねらーは、「アニメはリアルタイムでテレビでしか見ない/どうしてかというと、2ちゃんのアニメ実況スレに書き込みながらアニメを見るから」と語る。地震板では「共体験」の書き込みの連鎖でスレッドが進行し、ニコ動では「疑似同期」(濱野さん)が生じている。


プレゼンテーションで提示されたオタクやギークの学生へのインタビューからは、集団視聴の経験、もしくは「疑似集団視聴経験」の拡張がうかがえた。



2ちゃんねるだけではなく、オタクやギークにとってのtwitter、ustream、skype...などなどのソーシャルメディアは同様の意味を有する。紹介された事例の中には、twitterでも地震体験がリアルタイムに共有される様、秋葉殺傷事件のときの書き込み、何か作ったらすぐにtwitterに流すweb技術情報の交換などが含まれていた。



これらのソシャルメディアでもまた、リアルタイムで経験を共有してコメントすることで場に参加し、盛り上がる様が見てとれる。この意味では、「2ちゃん=twitter=ニコ動」であるとの1つのまとめ。


従来は、ライブとかスポーツ観戦とか、スポーツバーとか、または家庭で1つのテレビを見るとか、空間、時間、社会組織は一体化していた。しかしそれは、webというメディアによって、(空間と時間を超えて、)共存的な語りが可能になったのである。


webメディアを媒介として同時的、共存的な場を構築し、またtwitterなどで「ライフログ」的に自分自身の生活をダダ漏れさせることで、物理的な空間を超えた「社会的な空間」を構築できるようになっているとのことである。



そしてオンでの活動だけではなく、オフ会も開催される。電波と電気が供給されていれば、ギークはネットでコンタクトしてリナックスカフェ、ギークハウスなどで遊ぶし、一緒にコーディングしたりする。


webのソーシャルメディアを使い倒して、リアルなスペースにも帰着している様が興味深い。しかしここでも、ギークどうしのオフ会や研究会の状況がustreamやtwitterを介して実況される。(そして研究会にでていない関係者もtwitterなどで発言することで「参加」できている)。



こうした事例を通して、上野先生は、現代的なweb技術を支えているのは、オンもオフも絡まったハイブリッドなコミュニティであるともいえると述べる。自虐的に語られる「ネト充」も、実はリアルから離れることはなく、「ネト充」、「リア充」の二元論的な観点よりも動的である。


ネトゲ廃人もまた、社会的なアーキテクチャになっているネットゲームで、チームを組んで戦いに参加する。その中では自分がたよりにされることもしばしばで、オンライン空間の中に極めて「現実世界」にありそうな社会的な実践コミュニティが形成されているのが(脱ネトゲ廃人にインタビューすると)よく分かるとのこと。



webやモバイルを使って私たちが行う実践のデザインは、アーキテクチャのデザインだと考えると面白い点が見えてくると思う。


発表内容の重要な点の1つである、「アーキテクチャとは、人々どうしの関係のあり方、相互行為のあり方、人々の出会いかた、相互のアクセスのあり方を方向付ける」というアイディアは、心理学的にも面白いと思う。


例えば、ケータイやwebのソーシャルメディアを介したコミュニケーションにどっぷり浸かっていることと、そのコミュニケーションから生じる欲望とか(悲しみや喜びのような)感情といった「心理学的なことがら」のデザインは不可分だと考えられる。