腐女子のアイデンティティ・ゲーム:アイデンティティの可視/不可視をめぐって

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認知科学Vol.15, No.4に、腐女子のアイデンティティに関する拙論が掲載されました。この論文では以下の2点について書いております。査読時にいただいた匿名の査読者2名によるコメントが非常に有益なもので、本論の骨子にかかわる重要なご指摘でした。激しく感謝しております。認知科学会、おすすめです。

(1)「腐女子としてのアイデンティティ」を不可視化すること、このこともまた逆説的に「腐女子としてのアイデンティティ」を可視化することに関与していること。

(2)腐女子が世間一般より否定的な烙印を押されると認識しているがゆえに、「腐女子としてのアイデンティティ」は(1)のように隠蔽される。その隠蔽工作を昇華するために腐女子がとる自虐的(またはアイロニカルな)コミュニケーション方略の様相。

他の腐女子論文でも言われるように、腐女子は自分たちで自分たちのことを「腐女子」と自嘲気味に呼びます。これは「腐女子であるわたしたち」のみに許された自己執行カテゴリと思われます。ガーフィンケルが描いたアグネスの事例のように、腐女子はアイデンティティの可視/不可視に(ネタ的なものも含めて)敏感に呼応します。ただしこれは、一見突飛な集団の突飛な実践ではないと考えます。それは腐女子を対象にすることで見えやすいだけで、腐女子以外のその辺にいる人たちも不断に行っているアイデンティティ戦略のひとつのあらわれだと考えます。

岡部大介(2008)腐女子のアイデンティティ・ゲーム:アイデンティティの可視/不可視をめぐって『認知科学』Vol.15, No.4, pp671-681.

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